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サイエンスフィクション万歳

秘密結社ハンス機関企画書 -The Hans Organ-

 われらハンス機関は、近未来において健常者文化を凌駕し、共同体至上主義と市場万能主義の両者を打ち砕き、真にユニバーサルなアスペルガー文化による世界支配を樹立することを目的とする。なぜならば、アスペルガー文化の支配こそが、人類の解放に他ならないからである。
 アスペルガー文化は、共同体至上主義を否定する。なぜならば、共同体はヒューマニズムの核であると同時に、それ自体が人間性を抑圧し否定するルサンチマンの源泉でもあるからだ。ありとあらゆる媚びへつらい、優れたものへの嫉妬、強さと独立への恐怖は、共同体という湿地帯から瘴気のように湧きあがる。
 アスペルガー文化は、市場万能主義を否定する。なぜならば、市場崇拝こそは近代の病であり、児戯に等しいフェティシズムに過ぎないからである。それは、ナチュラリズムの零落して愚かになった姿である。われわれは、真のナチュラリズムの名において、反科学としての市場万能主義を世界から排除しなければならない。
 アスペルガー文化は、文化において多元性を尊重すると同時に、その様な多元性を貫く普遍性の存在を承認する。情緒的なもの、部族的なもの、あるいは模倣としての伝承を尊重するが、それらに手を縛られることはない。

 組織
 ハンス機関は、中枢を定めない。ハンス機関というコードネームそのものが、中枢の機能を果たす。われらの名を名乗る者がいる場所が、われわれの本拠であり、秘密基地である。ハンス機関の機関員たるための資格は、本企画書を承認し、自らをハンス機関員であると堅く信じて行動し続けることのみである。もしも、独りでは自らをハンス機関員であると信じることができないなら、われわれは君とともにある。最寄りのハンス機関員が君を承認するだろう。いつか近い時期に、最寄りのハンス機関員からの接触があるまで、準機関員として独自の活動に精進されたい。
 ハンス機関の初期の発展を保証するために、当面は若干名の上級オフィサーを連絡員として設定する。しかし、これらの地位は暫定的なものであり、まもなく用いられなくなる。組織が適切に発展を開始すれば、各自は各自の判断において局地的な連絡組織を構築しなければならない。

 理念
 ハンス機関は、先行するアスペルガー文化の諸形態に対する尊敬と感謝の念を忘れることはない。とりわけ、科学者コミュニティーの理念、職人文化、ハッカーとギーク、黄金時代の天才的なSF作家たち、初期のネット文化におけるモヒカン族を、心からリスペクトする。
 アスペルガー文化は、アスペルガー者によって建設され、その初期のアイデンティティを獲得することとなるが、本質的にはユニバーサルなものである。したがって、その担い手であり、創造者であるために、生物学的にアスペルガー者である必要はない。われわれは、決して神経学的多数派を差別しないだろう。
 ハンス機関は、アスペルガー文化の詳細について定義することをしない。なぜなら、それはいま生まれつつある思想であり、だれもそれを独断的に制約すべきではないからである。しかし、当面の必要を満たす暫定的なガイドラインとして、以下に付属する2つの宣言、すなわちモヒカン宣言、およびアスペルガー者宣言を参照することとする。ただし、これらはいまの時点でのアスペルガー文化の表現の一つに過ぎず、固定的な基準点でもなければ、万古不易の価値を説く聖典や福音書でもないことに注意を払うべきである。まもなく、より豊かな内容を持つ宣言が、これらの古いバージョンを上書きすることであろう。そのようなアップデートを行うことこそ、ハンス機関員諸君の最重要の任務である。

 宣言
 -モヒカン宣言-

ここはモヒカン族居住地です。ここでは以下のようなルールが採用されています。ご利用の前にご一読ください。
■ 掟

   1. どんな努力をしても絶対に覆せない事柄を根拠にするな。「差別」という外道に堕ちる。

■ 宣言

   1. 発言者の社会的地位を気にせず、言説だけに注目する
   2. 事実のやりとりに、余計な装飾語はいらない
   3. 間違いは、きちんと認めて修正すればいい

■ モヒカン族5つの価値

「校正」
    間違いを訂正してくれる人を我々は尊敬して評価します。よけいな裏読みをして「人格攻撃している」とは思いません。

「共有」
    アイディアに校正の機会を与えることが生みの親の義務です。「理由が無いけど、これはこれでいいんだ」というエレガントではない開き直りはくだらない。

「ツッコミビリティ」
    校正、反論しやすいエレガントな言説が価値ある言説です。その為には、冗長にならない範囲で、ソースと推論過程を明確化し他へ示します。

「全体最適化」
    たくさんの人がハッピーになれるエレガントな方法を見つけた時、我々は最もハッピーになります。

「差異」
    お互いの違いを確認することで、我々はつながります。「自分らにとって良いから他の人にも良いはずだ」とは思いません。


 -アスペルガー者宣言-

 アスペルガー障害は、疾患であり能力の欠損を意味している。しかし、同時に生き方であり、客観的に一つのまとまりとして把握される人々の集合でもある。なぜ、20世紀の終わりという特定の時点に、この集合が問題とされたのかは、今は問わない。しかし、この種の能力の欠損と、そのような生き方は、おそらく有史以来存在してきた。
 アスペルガー者が、まとまりをもった社会的存在として意識されて以後、まったく自然発生的に、そのまとまりは彼/彼女ら自身によって”同胞”として意識されるようになりつつある。そして、彼/彼女ら一人一人に対する社会的な排除は、もはや個別の困難ではなく、”同胞”への差別へと社会的な位相を変えつつある。そして、そのような差別が意識されるにつれて、ますます集合は、アイデンティティ集団への階梯を上っていくことになる。
 人種や性別、出自や宗教的な結合によらない、単に認知能力の特性の差異にもとづくアイデンティティ集団という人類史上初の現象が、世界を徘徊している。この顛末の向かうところは誰にもわからない。あらゆる差別の現象と同様であるとすれば、最初には一般の同情を引き出そうとするエピソードが語られ、寛大な援助がもてはやされる。もちろん、他方では、この集団の邪悪さと危険を警告する言説も広がる。次には、この集団に見られる好ましい特性や、苦境に耐えるたくましさなどが強調され、その特徴を持つこと自体が価値ある望ましいことであると語られる。そして次第に、権利の獲得とアイデンティティの保持が要求されるようになるが、その頃には社会の他の部分への同化が水面下で進行を始めることになる。歴史は繰り返す。あるいは、そうなのかもしれない。
 しかし、アスペルガー者は、決して滅び行く ”最後のモヒカン族”ではない。人類が、存続する限り、この特性は人類の中から消え去ることはないだろう。感情的な同調よりも現実の解決を優先する特性は、われわれが困難な未来を生き抜くために失うことのできない特性だからである。地球がその幼年時代を終えつつあるとき、環境破壊による文明の衰退という遠くない危機や、この瞬間にも存在する大量破壊による絶滅の可能性という新しい事態を直接の契機として、人類は、それ自身の狂気を生き延びるための理性のあり方を求めている。
 人類の歴史が生み出した遺産としての哲学と思想を正統に受け継いだアスペルガー者であれば、”多数派”である市民達の些細な快適さや安心感の向上のために、”同胞”や、その他のより弱い立場の人々が犠牲になることをよしとはしないだろう。それと同時に、その解決は原則として、一方が他方を殲滅することによって解決すべきものではない、ということにも同意するだろう。ましてや、個別的なテロルによって解決できるものではないということにも。”多数者”とアスペルガー者の間の闘争は文化的な覇権の闘争であり、それはただ単に言説のみによって遂行されるものではない。理性に目覚めたアスペルガー者の実践、とりわけ、今を生き延びるということそのもの、いかに ”多数派”の顰蹙を買おうとも不屈に生き続けるということ自体によって貫徹されるのである。
 必ずしも、アスペルガー者が、それ以外の人々よりも生まれついて理性的であるというわけではない。しかし、理性的であるより他に生きる手段がないという意味で、アスペルガー者は理性を目指さなくてはならない。そして、健常者とアスペルガー者が共存する道もまた理性にしかない。互いの醜さと不愉快さに耐え、感情を道具として支配し、理性において共通の人類としての未来を生み出すより他に、われわれに明日はない。
 理性を目指す闘いにおいて、アスペルガー者は社会的な能力の制約という鉄鎖の他に失うべきものを持たない。彼/彼女らの得るものは全世界である。

 万国のアスペルガー者よ、空気を読むことを罷めよ。そして、独自に配置につき、独自に行動せよ。犀の角の如く独り歩み続けよ。

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