« 語りうることについて | トップページ | 想像力について »

真実の頑健性

 われわれと世界の関係で、もっとも興味深いことは、ある事柄が真実であれば、それは無数の方法で検算しうるという経験的な事実である。これは、逆に用いると、少なくとも複数の方法で証明できないような事柄は、真実と呼ぶに値しないということでもある。
 このことは、おそらく、より深遠な事柄から派生している。計算機の喩えでいえば、コンパイラーがそれ自身をコンパイルするのと、ちょうど逆の仕方で、われわれは、われわれ自身を逆コンパイルして、ソースコードらしきものの断片から、プログラムの核心を取り出し、”それ”をわれわれは論理性とか数学と呼んでいるということなのかもしれない。もっとも、それは一度生まれてしまえば、おのれの出自のことなどおかまいなく自律的に進んでいくわけなのだが。
 ピアジェの仕事の本質的に重要な点は、進化の過程が、論理性あるいは数学的構造と呼ばれるものに、どのようにして辿り着くことができたのかを説明したという点にある。ピアジェの言うところの、「回り道」と「もどり道」こそは、ある事柄が真実であれば、それを無数のやり方で検算できることの発生論的な説明になっている。

|

« 語りうることについて | トップページ | 想像力について »

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 真実の頑健性:

« 語りうることについて | トップページ | 想像力について »